あこままの中学受験奮闘記

長男、次男、それぞれが東の御三家、千葉の御三家に入学、今や、それぞれが新社会人、大学2年生に。小学校入学から決めていた中学受験へ向けての親子二人三脚の奮闘記

次男の就活終了で感じる『母親業卒業』の寂しさ

なんだかんだあって長期に渡った次男の就職活動も無事に幕を閉じそうだ。そうだ~、というのも、あれだけ、最終面接で落とされまくり、『自殺したい』とまでメンタルをズタズタにしていた息子も、最後の最後にきて、3社から内定をいただき、現在、どこの会社に行くか悩み中。なんと贅沢な。

親としては、3社いずれも譲り難い企業なため、あとは本人の意思を尊重、いずれでも反対する気は毛頭ない。

ちなみに、1社はメーカー、2社は、金融関係である。理系ならではのメーカーでのSE職、ITコンサルタントか、金融での総合職を

選ぶのか、は私にもわからない。いずれにしても、行く先が決まり、とにかくほっとした。長男の就活は、まだ、コロナ前で、普通に行われていた。長男は何も親に言わず、自分で行き先をあっという間に決めてきた。「自分のやりたいこと」がはっきりとブレずにあった彼は、麻布の高校時代から趣味で続けていたDJの知識、それに関わる音響関係の知識、才能を認められ、それに関われる仕事のできそうなヤマハを就職先に選んだ。そして、実際に、社会人3年目の今年は、彼が本気でやりたかった電子楽器のプロモーション、マーケティングの仕事をしている。しかも、あれだけ苦手で、手こずった英会話を駆使し、国際会議に出席、アメリカ人やヨーロッパ人とともに仕事を日々しているらしい。海外駐在も視野に入れて、頑張っているらしい。その自分の「やりたいことが仕事でできる環境にいることは最も恵まれ、仕事に張りが出る」ことを行き先に迷う弟に力説、-「何の興味もない業界の仕事なんて辛いだけ」とアドバイスしていた。

一方の次男は、まさに「コロナ禍」のなかでの就活。面接もOB

訪問もテストもオンライン・・・という長男とは全く異なる就活環境のなかで、受ける会社も落ちる会社も親にまるわかりのなか、選考が進んだ。模擬面接をしてやったり、

企業の詳細を調べてみたり・・・、親がもはや出る幕ではないとわかりつつも、なにげに協力してみたり、近い距離で就職活動の一部始終を見て、感じてきた。

だからこそ、最終面接で落ちてしまう辛さや苦しさが手にとるように分かった。

でも、最後の最後にきて、3社から「内定」をいただき、どの会社に行こうかと悩んで、いる。次男の努力、頑張りをいつかは認めてもらえると信じ、本人にもそう言ってきたが、ようやく、結果が伴い、本当に良かった。

 

そして・・・、結局、次男は、理系ならではの仕事のできる、某メーカーを自分の就職先に選択した。「SE」、「ITコンサルタント」職で。企業規模、自分のやりたいことを考えたときに悩みに悩んで選んだようだ。

 

 

結果、長く、辛かった次男の就職活動も無事に就職先を決め、幕を閉じた。

来春から、いよいよ「社会人」である。頑張ってほしい。

が、長男の時もそうだったが、「社会人」になると、本当に、「親離れ」をすることになる。当たり前だが・・・。そして、立派に育って良かった、この先も安心だな・・・とほっとすると同時に妙に寂しくなったりもするのである。

一人前の大人に、きちんと生活していける大人に育てなければ…と思い、中学受験から息子たちと伴走してきたわけだが、立派に育ったとホッとするのと同時に、「私の母親としての役目の終了」に気づき、なんだかちょっと寂しくなったりするのだ。

我が子、ふたり、なんとか、思い描いたように育ってくれたと感じている。

 

中学受験、大学受験、俗にいう「いい学校」に進学させ、卒業し、「一流企業」と呼ばれる企業にふたりとも入社。これで、今後の彼らの生活、人生が幸せかどうかは果たして私にはわからない。でも、世で言う「幸せ」の間近にいるような気はしている。ひとによって「幸せ」の定義、意味、位置づけは違うんだろうけれど、二人は、きっと、自分たちが育ってきたのとほぼ同じようなレベルの生活は確約されているかとは思う。

そうだとすれば、私の思う「幸せ」は、本当に近くに、今現在も、彼らにはあると思っている。

社会に出て、活躍してほしい。今までの学んできたすべてを生かせるような、世の中のために・・・頑張ってほしい。社会人になる息子を見ていて、思うこと。

「私の子育て、間違ってはいなかった・・・中学受験も、学歴社会に突っ込んでしまったことも。息子たちは、自分たちで得たそれぞれの最高の環境のなかで、それぞれの学歴や社会にでる道筋を自分たちの手でつかみ切った。これからは、傍観者でいよう、これからもふたりは、きっと必ず、自分達の考える「幸せ」をつかみきって生きていけると信じている。