あこままの中学受験奮闘記

長男、次男、それぞれが東の御三家、千葉の御三家に入学、今や、それぞれが新社会人、大学2年生に。小学校入学から決めていた中学受験へ向けての親子二人三脚の奮闘記

2019-01-01から1年間の記事一覧

「運命の学校」にちゃんと進学できるもの

いろいろ綴ってきたけれど、結局は、中学受験、子供は、「その子に合った、その子にとっての一番の運命の学校」に進学できるようになっていると深く思う。 もちろん、忠実に、真面目に勉強することは大前提だけれど、「思い」が強ければ、必然的に「思う学校…

長男の言葉「中学受験、あれは、ほとんどお母さんの力だね」

この春から新社会人になった長男は、現在、研修中で、静岡の浜松にいる。独身寮で一人暮らし(?)を満喫中。生まれてから一度も親元を離れたことがなかったので、親の私の方が「子離れ」できそうにないかとおもっていたが、意外にや、いない生活にもすぐに…

自覚に任せた受験勉強(ゲームとのジレンマ)

最近、身の周りの知り合いで、小6のお母さまがいて、勉強と、「ゲーム」の関連性について、聞かれた。 その方のお子さんは公立中に進学するのだが、最近は、ゲームばかりで、どうやって勉強に集中させたらよいか大変だ、とおっしゃっていた。 そうか・・・…

中学受験その後

わが家の二人は結局、長男は麻布から慶應大へ現役で。次男は現役で、東京理科大学へと進学しました。二人共、大学受験勉強を本気で本格的に開始したのは、高校3年からでした。 結局、二人共、予備校にも通いました。長男は、高2の時に受けた河合塾の模試の…

これから「中学受験」される方へ

今まで、二人の息子の「中学受験」について綴ってまいりましたが、これは、あくまでも、わが家の体験、経験であり、全ての中学受験生や親の方々にあてはまるものではありません。 わが家はたまたま結果上手く行き、こうして語れる結果を得ましたが、誰しもが…

「この瞬間(とき)きっと夢じゃない」

二人の息子の「中学受験」の際に、息子たちの姿と重ね合わせてよく聞いていた曲がある。試験中の待ち時間、学校へ向かう電車内、息子たちと乗り合わせた車の中、受験時は、とにかくよく聴いた。そして、今でもこの曲を聴くと、あの頃の子供だった小さな息子…

母親同士の付き合い、それぞれ 

話す母親同士の付き合いも学校によって違った。私にとっては、麻布の母たちとの関係のほうが「濃密」であった。 それも、麻布は毎年変わるクラスで、必ず年4,5回の「親睦会」、「ランチ会」がある。 クラス役員によるものだが、かなり頻繁に催される。 学…

息子二人の中学受験総括

こうして、2009年と、2012年、二度の、二人の息子たちの「中学受験」が終わった。 「感想」、「思い」は、本当にいろいろあるが、「中学受験」を選択したことに、「後悔」は、一切ない。2019年、大学を卒業し、春に新社会人になった長男は、自分…

2011年   第一志望校入試

千葉御三家の入試を終え、気持ちの切り替えも準備も整った。 これは、「練習」、「本番」前の「予行」・・・と言い聞かせ、いよいよ2月1日。 本命、第一志望の「早稲田中」入試。4年の秋の文化祭から思い続けて2年、志望校がぶれることはなかった。 自宅…

冬期講習から千葉御三家入試  

日能研最後の「冬期講習」。あと少しで千葉入試の本番。3年生から通い続けた「日能研」に「恩返し」できるかの瀬戸際だった。お正月は普通に過ごしたが、3日に湯島天神に出かけた。一応、「お参り」。プラス「護摩」を焚き、「祈祷」をしてもらった。これ…

秋、冬  近づく入試

6年の夏が終わり、日に日に「入試」へ近づく日々を実感、「塾」では、夏が終わるとすぐに、「冬期講習」の申し込み開始。なんだか、「気」ばかり急いてしまい、落ち着かぬ日々のスタートだった。 秋には、何度となく「模試」が繰り返され、否応なく、「志望…

6年夏休み  「息切れ」

「夏休み」は、午後から講習。午前中は、講習の復習や予習にあて、早めの昼ご飯を食べて、講習にむかった。数週間続くので、夏休み前から「天王山」と分かってはいても、暑い夏の日々、過酷な毎日となる。 初めはよかったものの、段々疲れも出て、後半、「集…

6年  「早稲田日特」

やや成績を上げ、気分良く6年を迎えた。この頃からお世話になった校舎長が別の方に変わり、スタッフも異動などで、大きくかわってしまった。 6年も「出だし」は無事「Rクラス」で。3年間、別のクラスに落ちることなく、同じメンバーの「Rクラス」で過ごす…

50台後半からの偏差値アップ

5年生後半、学習内容もかなり難しくなってきたものの、「算数」だけは、偏差値も唯一「60」を超え、完全な得意科目に。これは、次男の「強み」だった。「文章題」の解き方も「記述」もマスター、長男でかなり苦戦した「算数」がスムーズに得点できることは…

5年生   「早稲田への思い」「志望校」

成績は「現状維持」のまま、5年を迎えた。4年生の10月に「早稲田中学校 高校」の文化祭に出かけた。ここで、次男は、初めて、「この学校に通いたい」と自ら感じたらしく、「早稲田にを第一志望校にしたい」と言い出した。自分から言い出したものをどうく…

「兄へのコンプレックス、葛藤」

「同性の兄弟」だと、いろいろなことで、比較されてしまうことが多かった。親は気にしていなくても、周りは何かと言ったりする。その一言が言われた本人を大きく傷つけてしまうこともある。 次男の場合、学校も塾も「兄」と一緒だったがゆえに、いつも、どん…

「日能研  3年」の授業  学校

「日能研」の小3の授業。「受験勉強に突入する前に基礎学力をしっかりと身につけましょう」が基本方針。2科目だったので、それほど大変ではなかったが、「漢字」と「計算」の基礎力を徹底的に鍛える時間が多かった。 「国語」では、「要旨」のまとめ方、や…

兄の影響

次男は、お兄ちゃんの影響で、幼稚園の頃から「ゲーム」三昧。ここは、「下の子」と「上の子」の大きな環境の違いだ。長男も小学校以前からゲームは大好き、小学校入学でより「加熱」した。 ゲームがあるから、読書もあまりせず、・・・という状況は、否めな…

二回目  「次男」の中学受験

我が家の「次男」は、長男よりも3歳年下。 騒がしかった長男とはまるで違い、赤ちゃんのころは、とても穏やかで、静かな子だった。「次男」のせいか、育児にも若干慣れ、長男の時よりは「手抜き」も覚え、割と気楽に育児していた。公園で、一生懸命にママ友…

麻布卒業→慶応義塾へ→就職  いま思うこと

長男は麻布の生活を6年間満喫。私もかけがえのない「ママ友」ができ、母としても充実の6年間。 2015年に卒業した時にPTA会報に「麻布について」の文章を載せてもらった。以下、「麻布」のことが、すこしでもわかる「麻布OBの母から見た麻布」を。 【都…

「卒業」・「麻布入学式」

小学校の担任は、自分のことのようによろこんでくれ、「自慢の生徒」と言ってくれた。 学校では、中学受験の話はあまりしてこなかったが、「合格」したことは、どこからか聞きつけ、卒業式では、「おめでとう」とやたら言われた。が、この地域では「麻布」を…

麻布入試本番  渋幕2次   早稲田  さあどうなる??

渋幕1次の不合格後ももちろん日能研に通常通り通った。「Rクラス」の受験者(渋幕の)はほとんどの子が合格を決めていて、その状態に初めて少し、焦ったようだ。 が、やはり、本番は皆2月1日。「体調」にだけ気を付け、いつも通りに過ごさせた。 ぎりぎり…

2009年1月   千葉御三家入試本番!!

いよいよ年が明け、2009年。大晦日、元日は冬期講習も唯一お休みだったので、例年通り過ごし、私の実家へと出かけた。お正月くらいはね・・・と言いながら、勉強も一休み、ゆっくり過ごした。が、もう2日からは講習再開だった。 学校では、クラスに男子…

6年  追い込み

「センター」でいい結果が出てから、モチベーションがあがったのか、以前にも増して、懸命に勉強するようになった。 ここから、息子の成績はぐんぐん伸びていった。6年の10月頃から、入試直前まで、いい調子で、偏差があがっていった。それまでの「伸び悩み…

6年の秋冬   近づいてきた「麻布」

日能研の周りの子たち、4年入塾から、「Rクラス」のメンバーの顔ぶれはほとんど変わらなかったが、男子は、上位二人ともに「開成」を第一志望にしていた。女子も、上位二人は週によって順位がかわるだけで、ほとんど同じ二人が上位にいた。彼女たちは、「桜…

6年   「麻布への道のり」 2

「麻布」の入試問題には「特徴」があり、とにかく、国語も算数も、理科も社会も「記述」を徹底的にさせる問題が他の学校よりも圧倒的に多かった。これは、入学してわかることだが、「麻布」は、とにかく、中高校の授業において、「書かせる」のだ。だから、…

6年   「麻布への道のり」1

いよいよ6年を迎え、あと「1年もしないで、入試がやってくる」と、親にも子にも話があった。6年の教材を受け取り、改めて気落ちが引き締まった。「絶対に合格!させないと」と、まるで自分の受験のように気持ちが高また。しかし、振り返ると、本当に親子で…

小5から6年へ   「麻布日特」   

日能研に通い始めて1年。あっという間だった。あっという間に5年になり、日能研も週3日くらいになった。この頃から夕方から、夜の9時くらいまでの授業になり、夕飯は、塾で食べる、いわゆる「塾弁」をもっていくようになった。 塾で食べる「お弁当」であ…

日能研の仲間、ライバル

息子は、日能研において、「Rクラス」からクラスを落ちたことは結局3年間一度もなかった。成績上位の子たちの顔ぶれも結局3年間変わることはなかった。これは、男子も女子も同じだった。 日能研は、教室での座席位置も前の週の「カリテ」の成績順で、端から…

学校の友達、ママ友、授業

息子は学校の友達ともよく遊んでいた。が、日能研が始まり、現実的になかなか周りのお友達と時間が合わなくなり、放課後に遊びに行く時間は劇的に減っていった。でも、そのことに対して、文句をいうこともなく、塾を休むこともほとんどなかった。 ただ、周り…