あこままの中学受験奮闘記

長男、次男、それぞれが東の御三家、千葉の御三家に入学、今や、それぞれが新社会人、大学2年生に。小学校入学から決めていた中学受験へ向けての親子二人三脚の奮闘記

麻布卒業→慶応義塾へ→就職  いま思うこと

長男は麻布の生活を6年間満喫。私もかけがえのない「ママ友」ができ、母としても充実の6年間。
2015年に卒業した時にPTA会報に「麻布について」の文章を載せてもらった。以下、「麻布」のことが、すこしでもわかる「麻布OBの母から見た麻布」を。


【都心のどまん中、元麻布にある、言わずと知れた「麻布学園」。
 「なんか変」と巷でよく言われる。
  がまあ、常識的にはものすごく「変」なんだろう。
  親も子も、学校そのものが超フリーダム。
  あんなに必死に勉強して入学した暁には、本当に勉強しなくなる。
  校則なし、制服なし、「文化祭」が学園生活の全てに。
  金髪、赤髪、緑髪、勝手。何も言われず。「不祥事」続き。「麻布の常識は、世間の 非常識」

  でも不思議と大学入試で彼らはちゃあんと「帳尻」を合わせてくる。
  だから、「東大合格者」順位に毎年名を連ねる。
  そんな中でも母親同士はいたって仲良し。
  そこには、比較も妬みもひがみも何もない。居心地がものすごく良い。
  麻布生にも同じことが言える。
  個性を認め合い、個性を受け入れ、人格を尊重する。
  だから、「いじめ」なんて存在しない。
  入学時に校長先生が「麻布を無駄にするな」とおっしゃった。
  卒業した今、その意味が親子でよくわかる。

  学園生活で、「自立」「自由の難しさ」「自己責任」を学ぶ。
  しなやかに「社会」を生き抜いていける力を。
  6年間一度たりとも「面談」もない。
  「勉強しなさい」とも言われない。
  西日暮里の東大合格者ナンバーワンの学校を
  「東大行きたいなら「あっち」なんだろうけど、人生それだけじゃないから」という彼らの言葉。
  負け惜しみに聞こえるその言葉が、「そうなんだね、「麻布」がよかったんだね」と卒業した今、納得できる。
  「個性」を思いっきり伸ばせる、思いっきりフリーダムな男子校。親も大好きな子供の「母校」。
  今、「麻布」に「感謝」で涙が溢れる・・・。】


長男は、現役で、麻布から「慶応義塾大学・法学部」に合格、高3春から本格的に受験勉強を始めた。学生生活で人生初の偏差値「55」を約半年間で「70」までつりあげた。先生方が言う「地頭」の良さなんだろう。
周りの仲間はそれぞれ、東工大やら早稲田へ。京大法学部に現役合格した子も。
『「一浪で東大」は麻布の「スタンダード」』。私大へ進学すると、「麻布なのに、なんで?」と平気で言われる。早慶でも・・・。慶応には、同じ年、現役で、50名以上が進学した。早慶に合格しても、一浪して東大を目指す子は山のようにいる。
2019年春。慶応を4年で無事卒業。
何の苦労もさほどせずに、一流企業と呼ばれる企業に就職。
大学時代、息子の遊び仲間は常に麻布の仲間だった。彼らといるのが一番楽しく、気楽らしい。多くの麻布の仲間は「大学院」に進む(特に理系はほとんど)。

小学校時代から「挫折」を知らない息子は、、「社会の荒波」をどのように感じるのか・・・?
このまま、まだまだ世渡り上手に生きていくのか・・
母は、息子の行く末を楽しみにしている。つまずくのは「結婚」か・・・


ちなみに、「日能研」から、長男の代は、「麻布」一人、常にクラスのトップだった子が、「開成」、「渋幕」へ。女子は「桜陰」と「女子学院」へ。渋幕7人、早稲田3人、巣鴨2人、海城4人…豊島岡3人だった。


「開成」に進んだ「日能研トップの子」は現役で東大へ。息子と、今でも仲良くしている。彼は大学院へ。


中学受験で苦しみ、結果を出した子たちは、それぞれが、それぞれの人生を鮮やかに生きている。